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「仏壇の里 川辺」

今年の2月に予約をお願いしていた
「大慶」   川辺町T酒店さんのPB銘柄
「仏壇の町 川辺」    同上
「さつま寿」 
の3本が届きました。
本来、来年の2月の予定が今年10月になったので、約4ヶ月
の短縮。品不足も少しは改善されてきたということでしょうか?
なんにせよ、早く届くのはうれしいものです。
「大慶」or「寿」をお祝い用に、と考えているので今回は「仏壇の
町」を開栓しました。おーいい香り。
先ずはお湯割りで一杯。
寿が「ドシッ!」だとすると、こちらは「サラリ」?「スッキリ」?で
しょうか。春の新酒「桜」に似てる気もしますが、何せ半年も昔の
記憶なんであまり当てになりませんね…。
来月は秋の新酒「旬」と「鴨田楽」が届く予定なんで、飲み比べ
ができそうで楽しみです。「旬」と「寿40度」の比較も面白そう。

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コメント

おじゃまします。こちらのブログでははじめまして。エストニア在住のEMAです。
Tonapa氏のブログではどうもです(先ほど灯台守氏のコメントに気づいたところです)。
私は下戸ですので、お酒の話にはなかなかついていけませんが、こちらの方々へのお土産に地酒をよく購入しますので、今後購入の際には、是非灯台守氏のコメントを参考にさせていただこうと思います。

さて、Tonapa氏ブログでの「さまよえるエストニア人」についてですが、私はこの曲を歌ったことがないのでなんともいえませんが、歴史的背景から見ると、
1944年のロシア軍の侵攻により、エストニアはじめバルト三国の多くの人間がシベリアに連行されました。またそれから逃れるために、多くの知識人、芸術家達が北欧、アメリカなどに亡命しました。
今年生誕百周年を迎えたエストニアの作曲家E.Tubinについても、彼は当時スウェーデンに亡命し、彼の祖国の独立への思いが交響曲第4,5番やカンタータ「死んだ兵士達へのレクイエム」に如実に表れております(この曲は当時バルト三国での演奏は禁止されていました)。
ちなみにこのトゥビンについては、11月3日に広島のRCC放送でドキュメンタリー番組が放映される予定です(全国放映はまだ未定だそうですが、私も少し協力させていただきました)。

投稿: EMA | 10月 31, 2005 22:57

当時のソ連軍の爆撃により、多くの町が焦土と化し、特にナルヴァは悲惨な状況であったと聞いております。
先日モツレクの演奏会のため、ユフヴィに向かう際ナルヴァを通りました。
この辺りはごみ集積場や火力発電所が設置されており、また所々に(エストニアにしては)高いマンションがあります。以前作曲の先生とドライブした時に聞いたのですが、この辺りはロシア人街だから治安が悪いので、夜は出歩かない方がよいといわれました。
戦後ロシア人を多く入植させたところであるため、今もナルヴァの住人はロシア語しか話せない人がほとんどです(もっともエストニア人も、14年前まではロシア語が第2公用語だったので、30代後半以降の世代は皆ロシア語が話せますが)。
基本的にバルト三国の人々とロシア人は仲が悪く、就職や選挙権など、数多くの問題を抱えております。
ロシア人がこちらに帰化する場合も、まず言葉が堪能であるかどうか語学審査があり(この辺は日本も是非取り入れてほしいのですが)、他にもさまざまな面倒な手続きがあるようです。

エストニアの首都タリンの旧市街に、ロシア正教のアレクサンドル・ネフスキー寺院があります。この聖堂の内部には、当時日本軍がバルチック艦隊を打ち破った記念のプレートが飾ってあり、艦隊戦で散っていったロシア兵達を慰霊するものかと思ったのですが、実はこれを飾ったのはエストニア人によるもので、当時バルチック艦隊を打ち破った日本軍を喜び祝い、19世紀以来ずっと議会ににらみをきかしていたロシア正教の寺院に、いわばあてつけか皮肉の如く飾らせるよう命じたという説もあります(この寺院は、旧市議会堂の西側に位置し、丘の上からちょうど見下ろす形に存在します)。

投稿: EMA | 10月 31, 2005 23:25

EMA様今晩は、灯台守です。
コメントありがとうございます。お返事送れてスイマセン。
貴重なエストニア情報ありがとうございます。
「さまよえるエストニア人」はエストニアの詩人ヤン・カプリスキーの詩を翻訳し、それに三善晃氏が曲をつけたもので、東混の委嘱作品だそうです。去年の夏、東混と一緒に田中先生の指揮で歌いました。
エストニアの人は親日の人が多いのですね。
フィンランドやトルコのように「ノギ」とか「トーゴー」なんて名前の人がいたりして(笑)
非常に美しい土地だと聞きました。おまけに合唱が盛んな土地。是非一度訪問してみたいものです。またこれからもエストニアや北欧の合唱の話を教えてください。
それではまたよろしくお願いします。

投稿: 灯台守 | 11月 03, 2005 21:23

EMA様
日本の本格焼酎は外国に出しても恥ずかしくないスピリッツだと思います。是非お土産には本格焼酎をどうぞ(笑)北欧の人にも勧めていただきたいものです。

投稿: 灯台守 | 11月 03, 2005 21:25

灯台守様

ありがとうございます。焼酎は今度是非お土産に購入しようと思います。バルト地域を含め、ロシアや北欧の方々は、ウォッカもストレートで飲んじゃう強者ばかりですので、おそらくぴったりかと思います。

カプリンスキー先生の詩はとても良いですね。
東大の松村先生のエストニア語のサイトで知って以来大好きになりました。エストニアの合唱曲に使われる詩は、ともすれば国家主義の塊ばかりなのですが、カプリンスキの詩はそれだけではなく、非常に素朴な題材もたくさん扱っており、その情景は日本人の感性にも良く合うのかもしれません。
またカプリンスキー氏自身、日本の文学に造詣が深く、短歌や枕草子などの解説を行ったことがあるそうです。

投稿: EMA | 11月 08, 2005 01:02

田中信昭先生には、昨年のアジアユースや、この前のシンポジウムでもお世話になりました。特にアジアユースでは、間宮芳生先生の「合唱のためのコンポジション」を例に挙げ、独自の世界観を作り上げることを心がけるようにと、素晴らしい助言をいただきました。
しかしこの先生若いですね(笑)奥様は私と同い年ですw

東混関係ですと、北欧のスペシャリストの松原先生の演奏が結構面白いかと思います。
先生と初めてお会いしたのは実はエストニアでの演奏旅行の時で、それ以来ジャパンユースや各合唱団などで懇意にさせてもらっています(今まで2回ほど僕の曲を振ってもらいました)。
大谷先生とは、実は先日の京都での合唱シンポジウムで初めてお会いし、合同演奏で指揮を振ったいただいたことがきっかけに、期間中色々なお話をうかがうことが出来ました。
いつか先生に僕の曲を振ってもらうべく、これからも研鑽を積んでいこうと思います。

投稿: EMA | 11月 08, 2005 01:12

EMA様今晩は灯台守です。
大谷先生には過去2度程所属していた合唱団でレッスン(公開練習)をしていただきました。
それと長崎活水女子大とカルミナブラーナ歌ったときの指揮者でした。
とてもフレンドリー(特に若い女性?)で、生まれたばかりの娘にも非常にフレンドリーでした(笑)
素人相手にも係わらずすばらしいご指導を頂きました。ホント服のセンス以外はすばらしい先生だと思いました。

因みに我が娘は、田中信昭先生に僕ら合唱団がご指導頂いてる最中に、至近距離からその振りっぷりを見た1歳児(当時)でして、その後お箸をブンブン振りまわすようになりました(お約束?)

転勤商売で、なかなか合唱団にも居つくことができません。正直ヨメ以外に合唱の話をする相手もいないので寂しい思いをしておりました。時々でも良いのでまた是非いらして下さいませ。

投稿: 灯台守 | 11月 09, 2005 22:56

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